上京して一人住まいを始めてから、早朝から深夜まで働き、直帰して睡眠迄の限られた 3時間と日曜日は、ひたすらパソコンに没頭する年月だった
あまりの閉じ籠りぶりに呆れた同僚二人に、無理やり繁華街に連れ出された
外出せず給料貯めてそうだから、連れ出し酔わせて、お代を払わせようとの企みだったらしい
始めて行った居酒屋のママさんが、とても優しく声を掛けてくれ、同僚二人と、とても楽しい時間を過ごした

それから数週間が過ぎ、ふらりと一人で来店してみた
引き戸を開け、のれんをくぐったら、ママさんがにっこり出迎えてくれ、勧められたれたカウンターの一番奥に座った
生ビールといくつかのつまみを頼み、待つ時間、居酒屋に不慣れな私を、ママさんを始めとする若い従業員(男性 2人、女性 3人)がとても気を使ってくれ、代わる代わる話しかけてくれた
しかし当時、この地域では一番人気の居酒屋。だんだん客が増え、何十人もの客でごった返し満員、ボンヤリ料理に目を落とす間が増えてきた

視線をカウンター越しの厨房に移すと女性従業員が、軽く笑みを浮かべて、揉み手で塩を撒いている様子が目に入った
延々とやっているので、若く威勢の良い料理長(地元ツッパリのリーダー風)が、ちょこちょこ睨んでいたが、気が付いていなさそうだった

「何してるの?」と声を掛けた
「塩撒いてるの」と、屈託のない笑顔が返ってきた
顔を上げたら、ともさかりえさんにそっくりな美人さんだった
しかし、その唇を染めた真っ赤なルージュは、顔の幼さと不釣り合いを感じた
懸命に動き回っている他の従業員とは違い、どこかふわふわした雰囲気で、その仕事ぶりは、たどたどしく
どうやら、新入りでまずは洗い場を任されたが、洗い物より、滑り止めの塩を撒く方のが楽しくなったらしい
後年、同僚から、この店のスタッフは若く、この少女、当時中学生だったと聞いた
様々な家庭の事情により、とても幼い達が繁華街にて働いているのを知ったのは、ずっと後になってからだ
その少女が、15年程後に世田谷区の路地で泣いていた子猫二匹(アイシスと兄猫)を救出した
